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テニス・体術・氣・守護霊など心技体のトータル統合ブログ

清流氣功その四十一 認知症や病氣の元をハートで感じる

今回は 認知症や介護について私の実体験から

お話したいと思います

 

実は 若い頃に約9ヶ月位 

介護ヘルパーの仕事をしていた時期があり

特別養護老人ホームで働いていました

 

その頃に学んだことは 沢山あるのですが

最も重要なものの一つが 相手の心に寄り添って

相手の話をよく聴く姿勢『傾聴』です

 

特別養護老人ホームには 様々な人が入所されていて

体が不自由だけど意識は しっかりしている人もいれば

体は元氣だけど 認知症で時間や場所 

相手の把握が難しい人もいます

 

さらに体も不自由で会話も難しい要介護度が高い人もいます

 

体が不自由で意識がしっかりしている人の

排泄介助のお世話をしていましたが 

いつも明るく接してくれて

必ず最後に『ありがとう』と言ってくれました

 

もし自分が自力でトイレにも行けず

自分で用を足す事が出来なくなった時に

こんなに明るく元氣でいられるのかなと思いました

 

この時に 私は相手の人をお世話しながら

実はこちらが いつも元氣を頂いていたのでした

 

どんなに不自由な状況になっても

こんなに明るく前向きに 人は生きられるんだと

人生の先輩から学んだのでした

 

また認知症の人と普段 話がなかなか通じなくても

その人が好きな話題や 昔好きだった歌や曲を

聴いたり歌ったりすると 

調子が良くなって話が通じるようになったり

 

相手の話が こちらから見たらおかしな話でも

ありのまま受け入れて傾聴すると

相手が安心して 話が通じるようになることも

体験して学びました

 

さらに体が不自由で会話が難しい要介護度が高い人も

一人一人の個性があり 静かな人もいれば

【バカヤロー】が口ぐせの人もいました

 

その人にとっては バカヤローが自己表現になっていて

バカヤローの声で その人の元氣のバロメーターが

分かるような感じでした 

逆に静かだと どこか調子が悪いのかなと心配になる位でした

 

やはりどんな人が相手でも ありのまま相手の姿勢や態度を

受け入れるのが基本で そうする事により

相手が心を開いて 安心したりすると

少しずつ話が通じたりするのです

 

時間だから 無理やりご飯を食べさせたり

入浴させたりするなど 相手の気持ちを無視して

こちらがお世話してやっているとか

正しいことをしているとか

やらなきゃいけないからやるだとか

無理やりに押し付けても

上手くいかないのだと学びました

 

本当は 予定通りにいかなくても何も問題はなく

相手が元氣でいてくれているだけでもいいんだなと 

ありがたくて貴重なんだなと今なら思えます

 

入所されている人の中には かつて警察官や大学の先生など

立派な職業だった方もいましたが 色々あって

心と体が大きく分離した結果として 

認知症になったんだろうなと感じていました

 

つまり『今ここ』の現実の認識から離れて

意識が過去やどこかに飛んでしまい

現実の時空間や人などの把握が

難しくなっているのだと感じました

 

心と体が大きく分離する例としては

自分の仕事や何かが終わった時に燃え尽きてしまい

その後の人生に生きがいや充実感を見いだせず

ぼんやりしているうちに認知症が進んでいったり

 

心の傷や不安感が大きくなると

段々と今ここの現実から意識が離れて

存在感が薄くなり 瞳の輝きがぼやけてきて

目が虚ろになってきます

 

そんな状況でも その人の好きな話題や

好きな音楽や歌など その人が最も輝いていた頃に

意識を向けられると 瞬間だけでも意識がしっかりして

話が通じるようになります

 

このことから 

人間は自分自身が輝く好きな何かに夢中になったり

いつも感謝や喜びを感じているのが

大切なんだなと大いに学びました

 

 

さて ここからが今回の本題になりますが

先日 知り合いの家族の親子と面会した時の話です

 

Hさん{50代女性}は 作業所に通っていましたが

段々と認知症が進み 作業所に通うのも難しくなり

介護施設ショートステイ{ニ、三日~一週間位の入所}

するようになりました

 

しかし施設に空きがなく 

長期では中々受け入れてもらえない中で

二つの施設をショートステイで入所して

慣れた頃にまた移動するような状況を

短期で繰り返す日々が続いていました

 

さらにコロナ流行の影響で家族との面会も出来なくなっていました

 

私は Hさんの病院の受診の時にお会いした時

彼女の精神エネルギーが 全身泡立つような

寒気に覆われているのを感じました

 

その時感じた彼女の声は

 

『ここはどこなの?』

 

『家族はどこにいるの?』

 

『知っている人がいない 寂しい』

 

などの不安の声でした

 

Hさんが 介護施設ショートステイを繰り返すようになってから

ニ、三ヶ月が過ぎた頃 彼女の母親も段々と軽い認知症の症状が

現れて デイサービスを受けるようになっていました

 

Hさんの母親と面会した時のことです

『もうHと二年も会ってないよ』と

何度も繰り返して言っていました

 

実際はHさんと会えなくなって ニ、三か月なのですが

本人にとっては 二年位会っていないという

【体感時間】なのです

 

このような時は まず相手の話をしっかりと最後まで

傾聴の姿勢で聞き入れます

 

話の途中で 間違っているだとか

口を挟まないことが大切です

 

その上で実際は 二、三ヶ月なんだよと

そっと優しく告げてみます

 

それでもしばらくすると やはり

『もう二年も会っていない』と繰り返し言うようなら

それだけ認知症が進んでいるという解釈になりますが

 

肝心なのは 母親本人も娘のHさんに会えなくて

相当不安で寂しい思いをしているだろうなってことです

 

Hさんが まだ元氣で作業所に通えていた頃は

母親もHさんをいつも氣づかい世話するのが

本人の生きがいや生きる元氣のパワーに

なっているのだと感じました

 

つまりいくつになっても 母親は母親で

可愛い子は 我が子なのです

 

それがHさんが 介護施設に入所するようになり

たったニ、三か月会えないだけでも

本人にとっては もう二年以上も会っていない

体感時間となり 母親の方も娘を世話する

生きがいや目の前に娘がいない寂しさや不安から

心が今ここに在らずになり

少しずつですが 認知症が進んでいったものと

私は感じました

 

もちろん他にも様々な理由はあるのでしょう

 

私達は 病氣になった時にどこどこの患部が悪くなったから

検査して薬や治療 さらには手術でそれを治そうとします

 

もちろん それ自体も有効なのですが

そもそも病氣とは 字体の通り

『氣が病む』から病氣になるのであり

いわゆる【氣枯れ・けがれ】の状態です

 

薬や治療や 行き着くと手術が必要になって来るケースも

多々ありますが

 

そもそもの根本的な原因は心と体の不一致・分離で

今ここに生きていないからです

 

なので病氣の症状で人を判断する以前に

何かしらの要因があって 

不安や寂しさや恐れや疑いを生じたり

生きがいや やりがいを失って

自らの心の灯が消えてしまって

心と体の分離が大きくなって

そうなっているんだとハートで感じることが大切です

 

そんなHさん親子も 先日Hさんが病院に受診する際に

やっと会うことが出来ました

 

すると普段 あまり言葉を発することも殆どなくなっていた

Hさんが母親の問いかけに 一言ずつですが

はっきりと答えるようになりました

 

その時のHさんと彼女の母親から感じた精神エネルギーは

やっと会えた安堵感や安らぎのエネルギーでした

 

母親からすれば 二年間止まっていた心の時間が

また温かい氣・エネルギーで再び動き出したようであり

 

娘のHさんも

 

『私はここにいる』

 

『やっと母に会えた』

 

『母の顔が見れて良かった 嬉しい』

 

といった感じの声と氣・エネルギーでした

 

しばらく見守っていると

私のハートに温かい感動のバイブレーションの氣が

流れてきて 私自身も涙しながら

ただ温かくそばにいました

 

私自身はテニス・体術・氣功を長年やっているうちに

何度も書いているように

『心が透明』になり心身統一されてきた中で

人の状態や自然のエネルギーや生命力や

それぞれの存在感などの波動エネルギーを

いつしか自然に感じ取るようになっていったのでした

 

私自身が氣功をやり続けているのも

全ての原因や元がここにあり

ストレスや葛藤や恐れや不安などで

心と体が分離すると やがて病んでしまうのですが

 

常に私達が 感謝と喜びを感じ抱きながら

心と体や思考と感情が一体で

『今ここにただ在る』ならば

心も体も健康的でパワフルな氣に満たされて

最も自分らしく明るく健康で輝いていられるのです

 

Hさん親子もそうですが

どんな人と出会っても その人のベストな状態を

思い浮かべると その人の明るい笑顔や健康的で

元氣な姿がイメージ出来ると思います

 

ありのままを受け入れながらも 

相手の最高の状態を常に思うことが大切です

 

何故なら全ての人の中に 

愛や喜びのパワーが存在しているからです

 

そう感じないのは 心と体が分離してはぐれている自分を

自分自身だとか 自分の性格・性質だと誤解しているからです

 

心と体 思考と感情が一致して

今ここにただ在る時

 

無限の未知と可能性を感じている時

 

全てに感謝や感動している瞬間

 

本当の自分自身に出会えるのです